Warning: count(): Parameter must be an array or an object that implements Countable in /home/anafx/www/lifexyz/blog/wp-content/plugins/wordpress-ping-optimizer/cbnet-ping-optimizer.php on line 533

レフ・ランダウ 生誕 111 周年

Google日本語版トップページに 2019年1月22日(火)、レフ・ランダウの生誕 111周年にちなんだロゴ画像が表示されました。
ロゴ画像画像をクリックすると、キーワード「レフ・ランダウ」の検索結果が表示されます。

レフ・ランダウ( 1908年1月22日 – 1968年4月1日 )は、ロシアの理論物理学者。
絶対零度近くでのヘリウムの理論的研究によって、1962年にノーベル物理学賞を受賞した人です。

ランダウは、14歳でバクー国立大学物理学科に入学し、16歳でレニングラード大学に移り、1927年に 19歳で学位を取得。

1927年、エネルギー密度行列の概念をフォン・ノイマンと並行する形で独自に発見しました。
その後、ランダウは学者として順調でしたが、スターリンを批判するビラを作成したことにより、1938年4月28日に 2名の同僚とともに逮捕され、1年ほど投獄されました。

1940年代前半から 1950年代前半にかけて、ランダウはソビエトの原子爆弾および水素爆弾開発プロジェクトに参加します。
ランダウはこのプロジェクトを嫌っていて、最小限の仕事に留めるよう努めましたが、結果的に水素爆弾開発に多大な貢献をしてしまい、この貢献により、1949年と 1953年にスターリン賞を受賞し、1954年に社会主義労働英雄の称号を授与されました。

ところで、私生活でのランダウは、結婚後も複数の愛人がいて、妻や弟子たちにも不貞をすすめていたそうです。
常識にとらわれないのは良いことですが、私はランダウの恋愛に対する姿勢には共感しません。

ダリダ 生誕 86 周年

Google日本語版トップページに 2019年1月17日(木)、ダリダ(Dalida)の生誕 86周年にちなんだロゴ画像が表示されました。
ロゴ画像には再生ボタンが描かれていて、画像をクリックすると、髪型や衣装の異なる複数のダリダの画像が繰り返し表示されます。
画像を再度クリックすると、キーワード「ダリダ」の検索結果が表示されます。

ダリダ( 1933年1月17日 – 1987年5月3日 )は、エジプト出身のイタリア系フランス人歌手。
1960年代から 1970年代にかけて人気があった人で、全世界で 1億4,000万以上のレコード(ディスク)を売り上げたそうです。

1987年5月2日の夜に自殺をはかり、翌日に死亡。

私は、ダリダの名前は知っていましたが、どのようなヒット曲があったかは知りませんでした。

元旦 2019

Google日本語版トップページに 2019年1月1日(火)、元旦にちなんだロゴ画像が表示されました。
ロゴ画像をクリックすると、キーワード「元旦 2019」の検索結果が表示されます。

ロゴ画像は、前日(2018年12月31日)に表示されたものと似ていますが、1月1日のものは画像中に「2019」が表示されている等、いくつか違いがあります。

2019年の最初の日、我が家には来客はなく、静かな一日でした。
平穏無事な日々が続いてほしいものですが、現実には、私は忙しく過ごすことになりそうです。

大晦日 2018

Google日本語版トップページに 2018年12月31日(月)、大晦日(おおみそか)にちなんだロゴ画像が表示されました。

2018年が終わり、翌日から 2019年です。
日本で大晦日といえば、かつては NHK の「紅白歌合戦」が圧倒的な存在感を持つテレビ番組でしたが、近年はテレビをほとんど見ない人も増えているように思います。

我が家では、普段、家族の誰かが居間でテレビ番組を見ることは少ないのですが、今年(2018年)の大晦日の夜、居間で子供たちが民放の番組を見ています。

当面、我が家のテレビが断捨離の対象になることはなさそうです。

テレサ・カレーニョ 生誕 165 周年

Google日本語版トップページに 2018年12月22日(土)、テレサ・カレーニョ(Teresa Carreño)の生誕 165周年にちなんだロゴ画像が表示されました。
ロゴ画像をクリックすると、キーワード「テレサ・カレーニョ」の検索結果が表示されます。

マリア・テレサ・カレーニョ・ガルシア・デ・セナ( 1853年12月22日 – 1917年6月12日 )は、ベネズエラ出身の女性ピアニスト・声楽家・作曲家・指揮者。
父親は外務大臣や大蔵大臣を歴任したベネズエラの政治家でしたが、ピアノの才能のあった人で、テレサは最初、父親からピアノを習い、その後、プロのピアニストから指導を受けるようになります。

1862年、ベネズエラの政変により、家族で米国に移住。
テレサはニューヨークでルイス・モロー・ゴットシャルクの指導を受け、同年の 11月28日に 9歳でデビュー。
翌1863年にはフランスに行き、ヨーロッパでの演奏活動を開始。1876年にはオペラ歌手としてもデビューしました。

4度の結婚歴があり、子供は 5人。そのうち、テレシータ・ターリャピエトラ=カレーニョは有名なピアニストになりました。

テレサは世界的なピアニストだったそうですが、私はテレサ・カレーニョの名前を知りませんでした。
私がクラシック音楽に無知なだけなのか、テレサが 21世紀初頭の日本では知名度の低い人になっているのか、本稿執筆時点の私には分かりません。

冬至 2018

Google日本語版トップページに 2018年12月21日(金)、冬至にちなんだロゴ画像が表示されました。
ロゴ画像には再生ボタンが描かれていて、ロゴ画像をクリックすると、ショートアニメが繰り返し表示されます。そこで画像をクリックすると、キーワード「冬至 2018」の検索結果が表示されます。

ところで、日本での 2018年の冬至の日付は 12月22日ですが、世界時(Universal Time)での冬至の瞬間は 12月21日の 22時23分です。
ですので、2018年12月21日に Google の冬至のロゴ画像が表示されるのは誤りではないのですが、日本在住の日本人の私としては、12月21日に冬至にちなんだロゴ画像を見るのは変な気分です。

パウル・クレー 生誕 139 周年

Google日本語版トップページに 2018年12月18日(火)、パウル・クレー(Paul Klee)の生誕 139周年にちなんだロゴ画像が表示されました。
ロゴ画像をクリックすると、キーワード「パウル・クレー」の検索結果が表示されます。

パウル・クレー( 1879年12月18日 – 1940年6月29日 )は、スイスの画家、美術理論家。

父は音楽教師、母は音楽学校で声楽を学んだ人で、クレー自身、バイオリンの腕はプロ級で、1906年に結婚した妻はピアニスト。
また、クレーは文学への関心もあり、自作の詩を日記に記したりしています。

クレーの作品は、通常のキャンヴァスに油彩で描いたものは少なく、新聞紙、厚紙、布、ガーゼなど様々なものに油彩、水彩、テンペラ、糊絵具などさまざまな画材を用いて描いています。サイズの小さい作品が多いことも特色ですが、「パルナッソス山へ」のように、タテ・ヨコともに1メートルを超える作品もあります。

ふたご座流星群 2018

Google日本語版トップページに 2018年12月13日(木)、ふたご座流星群にちなんだロゴ画像が表示されました。
ロゴ画像の右下にある虫眼鏡アイコンをクリックすると、キーワード「ふたご座流星群 2018」の検索結果が表示されます。
また、今回のロゴ画像はスライドショー形式になっていて、7種類の大きな画像が用意されています。

ふたご座流星群は、12月5日頃から 12月20日頃にかけて出現し、12月14日前後が見頃とされています。

ふたご座流星群の放射点は東の空の方にありますが、流星の出現場所は東側とは限らず、どの方角を見ていても流星を見るチャンスはあるそうです。

個人的には、流星を見たい気持ちよりも暖かな場所で過ごしたい気持ちの方が大きく、今回は星空を観察する気はありません。
もしかすると、私は生涯、ふたご座流星群を肉眼で見ることはないかもしれません。

クラリッセ ・リスペクトール 生誕 98 周年

Google日本語版トップページに 2018年12月10日(月)、クラリッセ ・リスペクトール(Clarice Lispector)の生誕 98周年にちなんだロゴ画像が表示されました。
ロゴ画像をクリックすると、キーワード「クラリッセ ・リスペクトール」の検索結果が表示されます。

クラリッセ ・リスペクトール( 1920年12月10日 – 1977年12月9日 )は、ブラジルの小説家。
ウクライナ西部のユダヤ人集落地があったチェチェリニクに生まれますが、生後まもなく、両親とともにブラジルに移住しました。
リオデジャネイロにある大学に在学中にジャーナリストとして活動を始め、同級生の外交官と結婚。
1943年に小説「Perto do coração selvagem」を発表し、ブラジルのグラッサ・アラニャ賞を授与されました。

リスペクトールは、1946年に 2作目の小説「O Lustre」を発表、1949年に 3作目の小説「A Cidade Sitiada」を発表。
その後、いくつかの作品を発表し、死去直前に出版された小説「A hora da estrela」は後に映画化され、出演者のマルセリア・カルタショが 1986年2月に第36回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(女優賞)を受賞しています。

クラリッセ ・リスペクトールの作品は、いくつか日本語翻訳されていたようですが、現在では絶版になっているようです。

エディス・キャベル 生誕 153 周年

Google日本語版トップページに 2018年12月4日(火)、エディス・キャベル(Edith Louisa Cavell)の生誕 153周年にちなんだロゴ画像が表示されました。
ロゴ画像をクリックすると、キーワード「エディス・キャベル」の検索結果が表示されます。

エディス・キャベル( 1865年12月4日 – 1915年10月12日 )はイギリスの女性看護師。

エディス・キャベル(以下、キャベル)は、クリーブドンにある全寮制の寄宿学校を卒業後、ベルギーのブリュッセルで家庭教師として働いていましたが、病気になった父親の介護のために帰国。
父親の回復後、看護師としての勉強を始め、イギリスの様々な病院で働いた後、独立し、訪問看護師の仕事などを行いました。

1907年、キャベルは、ブリュッセルに新しく設立された看護学校に指導的な立場の看護師として就職し、ベルギーにおける近代看護の先駆者となりました。
その後、第一次世界大戦中、敵味方の区別なく両陣営の負傷兵を看護し、200人以上の連合国軍兵士がドイツ占領下のベルギーから脱出するのに尽力しました。そのため、キャベルはドイツ軍に捕らえられ、軍事法廷で死刑判決を受け、銃殺されました。

今回のロゴ画像には、ベルギーから脱出しようとしている連合国軍兵士たちも描かれています。

元プログラマーの仕事ブログ