レッドソックス、上原と 2年契約

大リーグのボストン・レッドソックスが 2014年10月30日(日本時間では 31日)、上原浩治投手(以下、敬称略)と 2016年シーズンまで 2年契約を結んだことを発表しました。

レッドソックスと上原の契約は今季で満了しており、上原の去就が注目されていました。

契約内容については、2年で 1800万ドルと報じられています。
「1ドル=109円」換算で、19億6200万円。
なかなかの金額です。

2015年4月に 40歳になる上原に対し、高年俸での複数年契約提示。
レッドソックスでの 2シーズンに渡る活躍で、上原が球団から信頼されていることが分かります。

上原は今季、64試合に登板し、6勝5敗26セーブ、防御率 2.52 でした。
来シーズンも上原が活躍することを期待しています。

ハロウィーン 2014

Google日本語版トップページに 2014年10月31日(金)、ハロウィーンを記念したロゴ画像が表示されてました。

画像の上にマウスを移動させると、「ハッピーハロウィーン!」の文字が表示され、画像中央の再生ボタンををクリックするとアニメーションが表示されます。

6種類用意されているロゴ画像のうち、人がゴーストに追われ、ゴーストを犬が追いかけているものが、特に私には印象的でした。

ハロウィンは毎年10月31日に行われる行事で、古代ケルト人が起源と考えられています。
本来のハロウィンは悪霊などを追い出す宗教的な意味合いがありましたが、娯楽色の強い民間行事となっています。

日本ではハロウィンの習慣はありませんでしたが、近年、ハロウィンにちなんだイベントが広く行われるようになってきました。

ただ、ハロウィンが日本で、バレンタインデーほど普及しているかどうかは分かりません。

ジャイアンツ、2年ぶりワールドシリーズ制覇

大リーグ(MLB)のワールドシリーズ第7戦が 2014年10月29日(日本時間では 30日)にカンザスシティーで行われ、アウェイのジャイアンツ(ナショナル・リーグ)が「3-2」でロイヤルズ(アメリカン・リーグ)に勝ち、4勝3敗で優勝しました。
ジャイアンツのワールドシリーズ制覇は、2年ぶり 8度目。

ロイヤルズの青木宣親外野手(以下、敬称略)は、「2番ライト」で先発フル出場し、3打数無安打 1四球。
シリーズ全体では、14打数1安打 2四球 2三振 1打点。

今季終盤、青木は高い出塁率でしたが、ワールドシリーズ本番では打撃不振で残念な結果でした。

シリーズMVP には、エース左腕のマディソン・バムガーナー投手が選出されました。
バムガーナーは、第1戦と第5戦に先発し、第7戦では 3番手で登板し、シリーズ 3勝。
第5戦は完封で、第7戦は 5回を投げて無失点という素晴らしい活躍でした。

来シーズンの MLB で、日本出身の選手たちが活躍することを期待しています。

追記:
米大リーグ機構が 2014年10月29日、ワールドシリーズ第7戦の勝利投手を、マディソン・バムガーナー投手からジェレミー・アフェルト投手に訂正しました。
アフェルトは、2番手として 2回裏の途中から登板し、4回までを無失点に抑えました。
4回表にジャイアンツが勝ち越しており、ルール上、アフェルトに勝ち星が付きます。

バムガーナーにはセーブがつき、このシリーズ 2勝1S となりました。

ミラン、カリアリとドロー

2014年10月29日(日本時間では 30日)、セリエA第9節「カリアリ・カルチョ‐ACミラン」戦がカリャリで行われ、ACミラン(以下、ミラン)所属の本田圭佑選手(以下、敬称略)は先発フル出場しました。

カリアリ・カルチョ(以下、カリアリ)は、ズデネク・ゼーマン監督が率いる、非常に攻撃的なスタイルのチーム。

この試合、前半24分にカリアリが先制し、前半34分にミランが MFジャコモ・ボナヴェントゥーラのロングシュートで追いつきました。

その後、両チームとも得点できず、「1-1」で引き分けでした。
ミランは 2試合連続のドロー。

セリエA第9節を終えて、ミランは 4勝4分1敗で勝ち点16。
同じ日にサンプドリアとウディネーゼが負けたため、ミランの勝ち点は両チームに並び、得失点差でミランが暫定 3位になりました。
ただし、30日にラツィオがベローナに勝てば、ミランは 4位になります。

本田はチームの中では良いプレーだったようですが、2試合続けてゴールなし。

次の試合でのゴールかアシストを期待しています。

香川、ザンクトパウリ戦で得点

ドイツの国内カップ戦「DFBポカール(DFB Pokal)」2回戦1日目の 2014年10月28日(日本時間では 29日)、ボルシア・ドルトムント(以下、ドルトムント)がアウェイでの FCザンクトパウリ(以下、ザンクトパウリ)戦に「0-3」で勝ちました。

ドルトムント所属の香川真司選手(以下、敬称略)は、「4-3-2-1」の 2列目右で先発出場。
2列目左がロイスで、インモービレの 1トップ。

試合は、前半33分、香川のシュートミスしたボールをインモービレがゴールに押し込んで先制。
前半44分、インモービレのアシストでロイスが得点し、後半41分、相手GK のクリアが香川へのパスとなり、香川が右足シュートで得点しました。

香川の公式戦での得点は、2014年9月13日のブンデスリーガ第3節のフライブルク戦以来、約1ヶ月半ぶり。
また、この試合の 1点目については、香川にアシストが付きました。

香川は後半43分にラモスと交代してベンチに退きました。

ドルトムントは、この日の勝利により、今季の DFBポカールで 16強に入りました。
ちなみに、DFBポカールの優勝チームには、翌シーズンの UEFAヨーロッパリーグ(EL)の出場権が与えられます。

今シーズン、ドルトムントはブンデスリーガ序盤で出遅れ、CL 出場権獲得が危うい状況です。
せめて、EL 出場権を獲得するため、DFBポカールで優勝しておきたいところでしょう。

ニキ ド サンファル 生誕 84 周年

Google日本語版トップページに 2014年10月29日(水)、「ニキ ド サンファル 生誕 84 周年」を記念したロゴ画像が表示されてました。

ニキ・ド・サンファル(Niki de Saint Phalle)はフランスの画家、彫刻家、映像作家。
1930年10月29日に生まれ、2002年5月21日に死去しました。

ニキ・ド・サンファルは 1960年代、絵の具入りの容器が埋めこまれたレリーフや彫刻をライフルで撃って完成させる「射撃絵画」で注目されました。

その後、立体作品に取り組むようになり、大柄で太めの体型の女性が踊っているようなポーズの「ナナ」シリーズなどの作品を残しました。

今回の Google のロゴ画像には、「Google」の 2文字目から 4文字目の部分に「ナナ」を思わせる女性が描かれています。

私は、絵画や彫刻などの美術作品への興味は薄く、ニキ・ド・サンファルの名前も知りませんでしたが、「ナナ」シリーズの作品を以前に雑誌で見かけたことがあるような気がします。

率直に言って、私の好みの作風ではないですが、エネルギーのようなものを感じます。

ジョナス ソーク 生誕 100 周年

Google日本語版トップページに 2014年10月28日(火)、「ジョナス ソーク 生誕 100 周年」を記念したロゴ画像が表示されてました。

ジョナス・ソーク(Jonas Salk)は米国の医学者で、ポリオ・ワクチンの開発で知られる人物。
1914年10月28日に生まれ、1995年6月23日に死去しました。

ポリオ(急性灰白髄炎)はウイルス感染症で、発病後、腕や足に麻痺が起こる場合があります。
ポリオは 5歳以下の子供がかかることが多く、「小児麻痺」とも呼ばれます。

かつて、日本でポリオが流行したことがありますが、1961年に不活化ワクチンの定期接種が開始されてからはポリオの発生は激減。
2000年には世界保健機関(WHO)に対し、日本でのポリオの根絶が報告されています。

世界にとって、ポリオ・ワクチンの果たした役割は大きく、米国の雑誌「TIME(タイム)」が 1999年に発表した「20世紀で最も重要な100人(The Most Important People of the Century)」には、ジョナス・ソークの名前が入っています。

ジョナス・ソークはポリオ・ワクチンを開発する際、安全で効果のあるワクチンを早期開発することに注力し、個人的な利益は求めず、ワクチンの特許を取らなかったそうで、なかなか立派です。

なお、日本語版の Wikipedia でのジョナス・ソークの項目の記述は簡明ですが、英語版では詳細な解説がなされています。

ジョナス・ソークは 1968年に離婚し、1970年に再婚していますが、このことは日本語版には載っていません。

ちなみに、ジョナス・ソークの再婚相手は、世界的な画家パブロ・ピカソとの間に 2人の子をもうけた女性フランソワーズ・ジロー。
ピカソとジョナス・ソークに、このような因縁があるとは意外でした。

痛風、ほぼ回復

2014年10月21日(火)の夜に痛風の発作を起こして以降、歩行時に痛みを感じる状態が続いていました。

昨日(2014年10月27日)の昼間は、まだ歩行時に少し痛みを感じ、徒歩で数百メートル移動した後では左足を引きずりました。

まだ何日かは痛みが残るかもしれないと思ってましたが、10月28日(火)の朝になって、痛みを感じることなく歩けるようになりました。
でも、左足の親指付け根付近は少し腫れており、無理して長い距離を歩く気にはなれません。

草取りなどの作業については、来週の火曜日あたりから再開しようと思っています。

父の入院 2014/10/27

父の入院のため、2014年10月27日(月)は病院に長時間滞在しました。

この日、私の運転で両親と病院に行き、医師の診察と検査の結果、父の入院が決まりました。

数年前、父は年に何度も体調を崩し、複数の病院に入院していました。
その後、やや体調回復し、昨年(2013年)以降は入院しておらず、久しぶりの入院です。

今回は特に難しいとされる病気ではありませんが、まだ詳細な検査が済んでおらず、退院時期は決まっていません。

短期間で父が全快し、元気に帰宅できることを祈ります。

赤瀬川原平、死去

美術家で作家の赤瀬川原平(あかせがわ げんぺい)氏(以下、敬称略)が、2014年10月26日(日)に敗血症のため死去しました。77歳。

赤瀬川原平は、1937年3月27日生まれ。
本名は赤瀬川克彦(あかせがわ かつひこ)ですが、1960年からペンネームとして赤瀬川原平を使用。
また、純文学作家として尾辻克彦(おつじ かつひこ)の名前を使用していた時期もありました。

前衛芸術家としては、「千円札裁判」で知られています。

赤瀬川は、千円札を肉筆で 200倍サイズに拡大模写した作品を 1963年に発表し、その後、千円札を表面だけ 1色印刷したものを加工して作品として発表したのですが、このことが通貨及証券模造取締法(つうかおよびしょうけんもぞうとりしまりほう)違反に問われ、当時、話題となったそうです(裁判の結果は有罪で、懲役3年執行猶予1年、原銅版没収)。

作家としては、短編「父が消えた」で 1981年に第84回芥川賞を受賞した他、「新解さんの謎」など、いくつかの話題作を発表しました。

私は、赤瀬川原平や尾辻克彦の本を読んだことはありませんが、雑誌に掲載された随筆を読んだことはあります。

赤瀬川原平の死去を知り、「新解さんの謎」を読んでみたくなりました。