ジャガディッシュ・チャンドラ・ボース 生誕158周年

Google日本語版トップページに 2016年11月30日(水)、ジャガディッシュ・チャンドラ・ボース(Sir Jagadish Chandra Bose)の生誕158周年にちなんだロゴ画像が表示されました。
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ジャガディッシュ・チャンドラ・ボース(1858年11月30日 – 1937年11月23日)は、インドの学者で、SF作家でもあり、「インドの無線科学、SFの父」と呼ばれています。
学者としての研究範囲は広く、物理学、化学、植物生理学等で実績があります。
物理学では無線研究で業績を上げ、植物生理学では植物の成長測定に用いられる特殊な顕微鏡「クレスコグラフ(Crescograph)」を発明しています。

日本でチャンドラ・ボースといえば、インドの独立運動家のスバス・チャンドラ・ボース(1897年1月23日 – 1945年8月18日)が有名で、ジャガディッシュ・チャンドラ・ボースはあまり知られていませんが、スゴい人がいたものです。

ルイーザ・メイ・オルコット 生誕184周年

Google日本語版トップページに 2016年11月29日(火)、ルイーザ・メイ・オルコット(Louisa May Alcott)の生誕184周年にちなんだロゴ画像が表示されました。
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ルイーザ・メイ・オルコット(1832年11月29日 – 1888年3月6日)は、アメリカの小説家で、代表作は 1868年に書かれた「若草物語」(Little Women: or Meg, Jo, Beth and Amy)。
「若草物語」は、19世紀後半のアメリカを舞台にした、マーチ家の四人姉妹を描いた物語で、作者オルコットの少女時代をもとにした半自伝的な作品とされています。

筆者は「若草物語」を読んだことはありませんが、1949年に製作・公開された映画「若草物語」(原題: Little Women)をテレビ放映で鑑賞したことがあります。

オルコットの小説では、筆者は中学生の頃に「昔気質の一少女」(An Old-fashioned Girl)を読んだことがあります。
田舎育ちの少女ポリーが都会で暮らす姿を描く、少女向けの作品でした。
さきほど、検索してみたところ、現在、「昔気質の一少女」を新刊で入手することはできないようです。

自宅の何処かに「昔気質の一少女」の文庫本が残っているはずですが、探してみるほどの熱意はありません。

香川、CLで 2ゴール1アシスト

ボルシア・ドルトムント所属の香川真司選手が 2016年11月22日(火)、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)第5節のレギア・ワルシャワ(ポーランド)戦に先発フル出場し、2ゴール1アシストしました。
香川の CLでのゴールは 2011年11月23日のアーセナル戦以来で、CL本戦での日本人選手の 1試合2得点は史上初。

前節に決勝トーナメント進出を決めていつこともあってか、この試合、ドルトムントは 11月19日のブンデスリーガ第11節バイエルン戦からスタメンを大幅に変更。
このところスタメンでの出場機会が少なかった香川が起用されました。

試合は、レギア・ワルシャワが先制後、前半17分に香川のヘディングで追いつき、前半18分に香川の左足シュートで逆転。その後は乱打戦となり、ドルトムントが「8-4」で勝ちました。
両チーム合計 12得点は、CLでの 1試合最多合計得点記録です。

英公共放送 BBC によれば、前半17分と前半18分の香川のゴールの間隔は 76秒で CL史上最速記録だそうです。

なお、この試合は怪我明けのマルコ・ロイスの復帰戦で、ロイスは 2G2アシストし、CL公式の MOMになりました。
香川は前半32分にロイスの 1点目をアシストしています。

それにしても、この試合の香川の 2点目は、ペナルティーエリア内で相手DF をかわしてのもので、香川らしいゴール。

ただ、2点目の後、香川が嬉しそうな表情でなかったのが印象的でした。
たんに試合に集中していたということかもしれませんが。

フレデリック・バンティング 生誕125周年

Google日本語版トップページに 2016年11月14日(月)、フレデリック・バンティングの生誕125周年にちなんだロゴ画像が表示されました。
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フレデリック・バンティング(1891年11月14日 – 1941年2月21日)は、カナダの医師、医学者。
糖尿病治療に用いられるインスリンの発見者です。

研究者としては無名だったバンティングは、1921年にインスリンを発見した功績により、1923年度のノーベル生理学・医学賞を受賞し、カナダで初めての世界的な科学者となりました。

IDF(国際糖尿病連合)と WHO(世界保健機関)が 1991年、バンティングの誕生日である 11月14日を「世界糖尿病デー」に制定しています。

ちなみに、バンティングは、ノーベル賞の賞金は助手のチャールズ・ベストと分け合い、インスリンの特許権は母校のトロント大学に 1ドルで売ったそうです。

医学を金儲けに利用しない姿勢には、素直に感心します。