ヴィクトル・ユーゴーが Googleロゴに

Google日本語版トップページに 2017年6月30日(金)、ヴィクトル・ユーゴーのロゴ画像が掲載されました。
ロゴ画像をクリックすると、5種類の画像がスライドショー形式で表示されます。虫眼鏡アイコンをクリックすると、キーワード「ヴィクトル ユーゴー」の検索結果が表示されます。

ヴィクトル・ユーゴー(1802年2月26日 – 1885年5月22日)は、フランス・ロマン主義の詩人で小説家。

今回、スライドショー形式で表示された画像のうちの 3つには、年号が描かれています。

1つ目の年号は 1831年で、この年に小説「ノートルダム・ド・パリ」(Notre-Dame de Paris)が出版されました。

2つ目の年号は 1856年で、この年に「静観詩集」が出版されました。

3つ目の年号は 1862年で、この年に文学史の残る名作となった小説「レ・ミゼラブル」が出版されました。
ちなみに、1862年6月30日に「レ・ミゼラブル」の最終章が発表されたのだそうです。

筆者は本稿を入力していて、学生時代に「レ・ミゼラブル」を途中まで読んで中断したままになっていることを思い出しました。

時間があれば最後まで読みたいものです。

塙保己一 生誕271周年

Google日本語版トップページに 2017年6月23日(金)、塙保己一(はなわ ほきいち)の生誕271周年にちなんだロゴ画像が掲載されました。
ロゴ画像には再生ボタンが描かれていて、画像をクリックするとショートアニメが始まります。次に画像をクリックすると、キーワード「塙保己一」の検索結果が表示されます。

塙保己一(1746年6月23日(延享3年5月5日) – 1821年10月7日(文政4年9月12日))は、江戸時代の国学者で、「群書類従」「続群書類従」の編纂者。
「群書類従」(ぐんしょるいじゅう)は、古代から江戸時代初期までに成った史書や文学作品、計1273種を収めている本のシリーズ(全666冊)。
「続群書類従」は、計2103種を収めています(全1885冊)。

「群書類従」は、塙保己一が 34歳のときに編纂を決意し、完成は 41年後の 74歳のとき。
「続群書類従」は、1972年(昭和47年)に出版が完結しました。

塙保己一は武州児玉郡保木野村(現在の埼玉県本庄市児玉町保木野)で生まれ、7歳の春に失明。

宝暦10年(1760年)に 15歳で江戸に出ました。
男性盲人の互助組織である当道座(とうどうざ)の雨富須賀一(あめとみ すがいち)検校に入門し、名を千弥と改め、按摩・鍼・音曲などの修業を始めましたが、手先が不器用で上達せず、絶望し、自殺を決意したこともあったようです。

千弥は師の雨富検校に学問したい旨を訴え、認められます。
ただし、3年の間たっても見込みが立たなければ国元へ帰すという条件付き。

幸い、千弥は学問の才能があり、国学・和歌・法律・医学など、様々な学問を学び、盲官として順調に出世していきます。

安永4年(1775年)に、雨富検校の苗字をもらって塙姓に改め、名も保己一と改めました。

保己一は書を読むことが出来ないため、人が音読したものを暗記して学んだそうで、今回のロゴ画像は保己一が学ぶ様子が描かれています。

ちなみに、「群書類従」の版木を製作させる際、なるべく 20字×20行の 400字詰に統一させていたそうで、これが現在の原稿用紙の一般様式の元となっているとのことです。

オスカー・フィッシンガー 生誕117周年

Google日本語版トップページに 2017年6月22日(木)、オスカー・フィッシンガー(Oskar Fischinger)の生誕117周年にちなんだロゴ画像が掲載されました。
ロゴ画像には再生ボタンが描かれていて、画像をクリックするとヴィジュアル・ミュージック作品を作って遊ぶことが出来ます。なお、画面上の虫眼鏡アイコンをクリックすると、キーワード「オスカー フィッシンガー」の検索結果が表示されます。

オスカー・フィッシンガー(1900年6月22日 – 1967年1月31日)は、ドイツのゲルンハウゼン出身で、1921年より映像作家としての活動を開始し、その後、抽象的なアニメーション作品を作成しました。

1934年に「Muratti Greift Ein」という作品が CMに使われたことで有名になり、翌1935年に「Komposition in Blau」という作品で、ベニス映画祭のグランプリを受賞。

ドイツでナチスが台頭し、ナチスが抽象的な芸術を弾圧するようになったため、アメリカ(米国)に亡命し、ハリウッドを活動拠点とします。

1947年に最後の抽象映画作品と作成。
晩年は絵画に専念しました。

コンピューターグラフィックス(CG)が映画で使われるようになったのは 1982年の「TRON」からだと言われていますが、オスカー・フィッシンガーは、CG 登場の数十年前に抽象的なアニメーション作品を作成していました。
当時のアニメ作成の手間を思うと、頭が下がる思いです。

父の日 2017

Google日本語版トップページに 2017年6月18日(日)、父の日にちなんだロゴ画像が掲載されました。
ロゴ画像には再生ボタンが描かれていて、画像ををクリックするとショートアニメが始まります。
次にロゴ画像をクリックすると、キーワード「父の日 2017」の検索結果が表示されます。

今回のロゴ画像は、先月の「母の日」と同様、擬人化されたサボテンが描かれていました。

「父の日」は、父親への感謝の気持ちを表すための日で、米国と日本、西欧の一部の国などでは 6月の第3日曜日が「父の日」になっています。

父の日の起源は国によって異なり、「父の日」が 6月の第3日曜日以外の日に実施される国も珍しくありません。
例えば、イタリアやスペインなどカトリック系の国では、3月19日「聖ヨセフの日」が父の日でもあります。

なお、今日(2017年6月18日)の午後に筆者は妻と一緒に外出して買い物しますが、「父の日」とは関係なく、基本的に妻の物ばかり購入の予定。

ジョセフィン・ベイカー 生誕111周年

Google日本語版トップページに 2017年6月3日(土)、ジョセフィン・ベイカー(Josephine Baker)の生誕111周年にちなんだロゴ画像が掲載されました。
ロゴ画像には再生ボタンが描かれていて、画像をクリックするとスライドショー形式で 7つの画像が表示されます。スライドショー表示後に虫眼鏡アイコンをクリックすると、キーワード「ジョセフィン ベイカー」の検索結果が表示されます。

ジョセフィン・ベイカー(1906年6月3日 – 1975年4月12日)は、アメリカ(米国)セントルイス出身のジャズ歌手で女優。
ユダヤ系スペイン人の父とアフリカ系アメリカ人の母のあいだに生まれ、16歳で芸能活動を開始。
ダンサーとして、バナナを腰の周りにぶら下げただけという衣装で踊ったことでも知られています。

ダンサーとして成功後、歌手デビューし、映画にも出演するようになります。

1937年にフランス国籍を取得。
第二次世界大戦中にはレジスタンス運動や秘密情報部の活動に携わり、戦後にレジオンドヌール勲章などを授与されました。

私生活では 6度結婚し、養子が 12人。

なかなか劇的な人生です。

ギルバート・ベイカー 生誕66周年

Google日本語版トップページに 2017年6月2日(金)、ギルバート・ベイカーの生誕66周年にちなんだロゴ画像が掲載されました。
ロゴ画像には再生ボタンが描かれていて、画像をクリックするとショートアニメが始まります。次に画像をクリックすると、キーワード「ギルバート ベイカー」の検索結果が表示されます。

ギルバート・ベイカー(1951年6月2日 – 2017年3月30日)は、米国の美術家で公民権活動家。
レインボーフラッグをデザインした人物として知られています。

最初のレインボーフラッグは、ギルバート・ベイカーが手染めで制作し、1978年6月25日にサンフランシスコで行われた Gay Freedom Day Parade で使用されました。

レインボーフラッグに使われた色は LGBT(性的少数者)コミュニティの多様性を表しているとのことです。

オリジナルのレインボーフラッグは 8色(ピンク、赤、橙、黄、緑、ターコイズ、藍、紫)でしたが、その後、ピンクが省かれ、さらにターコイズも外された 6色のレインボーフラッグが普及しました。