「格闘技」カテゴリーアーカイブ

大相撲、プロレスなど、広義の格闘技関連の事柄。

エル・サント 生誕99周年

Google日本語版トップページに 2016年9月23日(金)、ロドルフォ・グスマン・ウェルタの生誕99周年にちなんだロゴ画像が表示されました。

ロドルフォ・グスマン・ウェルタ(1917年9月23日 – 1984年2月5日)はルチャリブレ(メキシコのプロレス)のレスラーで、エル・サント(聖人)のリングネームで活躍。
「白銀のマスクマン」というニックネームでも知られる覆面レスラーでした。

1950年代にエル・サントは漫画の主人公となり、1950年代後半にはロドルフォ・グスマン・ウェルタ自身が俳優としてヒーローのエル・サントを演じ、エル・サントはメキシコの国民的英雄となりました。

漫画「プロレススーパースター列伝」(原作:梶原一騎)のマスカラス編の中に、少年時代のミル・マスカラスがエル・サントに影響を受けたことが書かれています。

なお、今回の Googleロゴでは 12種類の画像が用意されていて、スライドショー形式で画像を切り替えることができます。
ロゴ画像の右下にある虫眼鏡の画像をクリックすると、キーワード「エル サント」の検索結果が表示されます。

白鵬、31度目の優勝

2014年9月28日(日)、大相撲秋場所千秋楽で横綱の白鵬が 14勝1敗で優勝しました。
大相撲の本場所での白鵬の優勝は 31度目で、優勝回数で史上2位の千代の富士に並びました。

なお、最多優勝記録は横綱・大鵬の 32回ですので、白鵬が本場所でもう 1度優勝すれば、大鵬に並びます。

千代の富士が最後に優勝したのは 35歳のときのことですが、白鵬はまだ 29歳で、横綱になってから休場したことがありません。

白鵬が最多優勝回数の記録を更新する可能性は高そうです。

ただ、今後、逸ノ城などの若手力士が成長すれば、優勝争いが激しくなりそうです。

横綱 日馬富士、休場 2014年秋場所

大相撲の横綱・日馬富士が秋場所 5日目の 2014年9月18日から休場することが報じられました。
5日目の大砂嵐戦は不戦敗となります。

日馬富士は 4日目の嘉風戦で右目を負傷。
右目周辺の骨折の疑いがあるとのことで、目が腫れて、相撲をとれる状態ではないようです。

日馬富士の休場は、今年(2014年)の初場所以来で、横綱に昇進してから 2回目。

それにしても、反則負け(多分、故意の反則ではない)の翌日から休場とは、不運です。

くまモン、プロレス出場辞退

ゆるキャラ「くまモン」が、プロレスの試合出場の依頼を断っていたことが分かりました。

プロレスラーの大仁田厚がオファーしていたそうで、“くまモン電流爆破”と称して、ノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチを 2014年11月3日にグランメッセ熊本で行うという内容の企画。

大仁田厚のブログによると、運営会社からの OK は出ていたとのこと。

けれど、熊本県庁などに抗議が殺到し、熊本県側が 6月11日に試合の辞退を連絡したそうです。

プロレスの興行には「筋書き」が用意されているとは思いますが、ゆるキャラに電流爆破マッチは危険すぎます。

中に格闘技のプロが入ったとしても、ゆるキャラの衣装が燃えたら、かなりのダメージを受けることになるでしょう。

話題作りのため、オファーを断られることを前提として、くまモンを利用したとすれば、「宣伝」にはなったと思います。

ただ、集客につながるかどうかは分かりません。

元大関魁傑、死去

大相撲の元大関・魁傑(かいけつ)の西森輝門(にしもり てるゆき)氏(以下、魁傑)が、2014年5月18日に 66歳で死去しました。
この日の午後、東京都内のゴルフ練習場で倒れたそうです。

魁傑は、山口県岩国市出身の元力士で、1948年2月16日生まれ。

日本大学を 1年で中退して角界入りし、1966年9月場所に初土俵。
1971年9月場所に新入幕し、1975年1月場所後に大関昇進。
肘の故障のため、1975年に大関陥落しましたが、その後、1976年9月場所で平幕優勝するなど活躍し、1977年1月場所後に大関に推挙されました。

1979年1月場所 11日目に引退を表明しました。

優勝2回、幕内通算367勝304敗の成績を残しています。

引退後は、年寄「放駒」を襲名。
花籠部屋から分家独立して放駒部屋を興し、横綱・大乃国らを育成しました。

2010年に日本相撲協会理事長に就任し、2012年1月場所後に退任し、相談役に就任。

2013年2月15日に定年退職しました。

なお、放駒部屋は 2013年2月7日に閉鎖され、所属力士らは、元横綱・大乃国の芝田山親方が興した芝田山部屋に移籍しています。

現役時代の魁傑は、色黒で精悍な顔。八百長とは無縁のガチンコ力士とされています。
初土俵以来、一度も休場せず、不調でも戦い続けた真面目さも魅力でした。

ご冥福をお祈りします。合掌。

鶴竜、横綱昇進

日本相撲協会の夏場所番付編成会議と臨時理事会が 2014年3月26日に行われ、大相撲の大関・鶴竜の横綱昇進が満場一致で正式に決まりました。

横綱が 3人になるのは、2001年初場所の曙、武蔵丸、貴乃花以来で、3人全員がモンゴル出身者で占められるのは初めて。

鶴竜は、ここ 2場所は 14勝以上。
綱取りのかかった春場所はプレッシャーもあったと思いますが、立派に優勝しました。

横綱承認に異論はありません。

ただ、国技とされてきた相撲で、モンゴル出身力士が横綱を占める現状は、寂しい気がします。

現時点で、日本人で最後に横綱昇進したのは、1998年7月の第66代横綱・若乃花。
2003年3月に貴乃花が引退して以降、現在に至るまで日本人の横綱はゼロ。

強い日本人横綱が登場して欲しいものです。

琴欧洲、引退

日本相撲協会が 3月場所(春場所)12日目の 2014年3月20日、元大関で関脇の琴欧洲の現役引退を発表しました。
琴欧洲は今場所、10日目まで 1勝9敗で、11日目に左肩鎖関節脱臼のため休場していました。

琴欧洲は、ブルガリア出身で、1983年2月19日生まれ。
2002年11月場所(九州場所)に初土俵を踏んで以来、2メートルを超える長身とレスリング経験を武器に順調に出世し、2004年9月場所(秋場所)で新入幕。
2005年11月場所の後、ヨーロッパ出身力士として初めて、大関昇進しました。
入門19場所での大関昇進は、年6場所が定着した 1958年以降では、幕下付け出しを除いて史上最速。

幕内優勝は、2008年5月場所(夏場所)の 1回。

大関在位は 47場所で、2013年11月場所 4日目から休場したことにより、2場所連続負け越しで大関陥落。

2014年2月9日に「第38回日本大相撲トーナメント」で準優勝していますが、2013年11月場所で痛めた左肩が治っておらず、3月場所で引退ということになりました。

琴欧洲は 2009年に日本人女性と結婚し、2014年1月7日に日本国籍を取得しており、現役引退後は親方として相撲協会に残る意向とのことです。

琴欧洲は、四つ相撲が得意で、好調時には全盛期の横綱朝青龍とも互角に渡り合いました。
また、琴欧洲の取り組み前の明治ブルガリアヨーグルトの懸賞行列も印象に残っています。