ベルリンの壁崩壊 25周年

Google日本語版トップページに 2014年11月9日(日)、「ベルリンの壁崩壊 25周年」を記念するロゴ画像が表示されてました。

ベルリンの壁は、第二次世界大戦後の政治状況の産物です。

1945年5月8日に第二次世界大戦でドイツが降伏後、ドイツは、米・英・仏占領地域の西ドイツと、ソ連占領地域の東ドイツに分かれました。

ドイツの首都ベルリンは、全域が東ドイツの中に含まれていましたが、ベルリン東側部分(東ベルリン)は東ドイツの首都となり、西側部分(西ベルリン)は米・英・仏3か国の信託統治領(実質的には西ドイツが支配)となりました。

当初、東西ベルリン間は往来可能でしたが、東側から西側への人口流出が東ドイツ経済に打撃となったため、1961年8月13日にドイツ民主共和国(東ドイツ)政府が西ベルリンを包囲する壁(ベルリンの壁)を建設しました。

1989年になって、東欧諸国が相次いで民主化され、東ドイツも崩壊に向かいました。
そして、1989年11月9日にベルリンの壁の検問所が開放され、翌11月10日に破壊され始めました。

私が子供の頃には、ドイツは東西に分かれていて、ソビエト連邦(ソ連)という巨大な連邦国家が存在していました。

1990年10月3日に東西ドイツは統一され、ソ連は 1991年に解体消滅。
私の子供は、ロシアの名前は知っていますが、ソ連のことは知りません。

今から 25年後、世界がどのようになっているか、想像することは出来ますが、的確に予想することは出来そうにありません。


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