ファン・マヌエル・ファンジオ 生誕105周年

Google日本語版トップページに 2016年6月24日(金)、ファン・マヌエル・ファンジオ(1911年6月24日 – 1995年7月17日)の生誕105周年を記念するロゴ画像が掲載されました。
画像をクリックすると、キーワード「ファン マヌエル ファンジオ」の検索結果が表示されます。

ファン・マヌエル・ファンジオは、アルゼンチンのレーシングカー・ドライバー。
F1世界選手権が始まった 1950年より F1 に参戦し、1958年のフランスグランプリ終了後に 47歳で F1 から引退するまでに、51戦で 24勝しました。
ただし、1952年はシーズン前のレースで負傷し、1年間欠場しています。

ファンジオは、1951年と 1954年~ 1957年の計 5回、F1 でワールドチャンピオンになりました。
F1 で 5度のドライバーズチャンピオンは、46年間、最多チャンピオン獲得記録でしたが、2003年にミハエル・シューマッハに破られました。
でも、46歳でのチャンピオンは、現在でも最年長記録です。

ファン・マヌエル・ファンジオは一度も結婚せず、子供もいなかったと思われていましたが、私生活でファンジオのパートナーだったアンドレア・ベッレートという女性の息子オスカー・エスピノザ氏が 2013年に訴えを起こし、ファンジオの遺体を掘り起こして DNA検査を行った結果、アルゼンチンの裁判所が 2015年12月、エスピノザ氏がファンジオの息子であることを認めました。
また、アルゼンチンの裁判所は 2016年2月に、ルーベン・バスケスという男性がファンジオの息子であることも認めました。

ファン・マヌエル・ファンジオは、死後に DNA検査を受けた初めての F1ドライバーかもしれません。


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